三菱UFJ証券

提供: Yourpedia
2010年2月25日 (木) 07:48時点における219.122.83.83 (トーク)による版 (新規作成)

(差分) ←前の版 | 最新版 (差分) | 次の版→ (差分)
移動: 案内検索
三菱UFJ証券株式会社
Mitsubishi UFJ Securities Co., Ltd.
種類 株式会社
市場情報 東証1部 8615
~2007年9月25日大証1部 8615
~2007年9月25日名証1部 8615
~2007年9月25日
略称 三菱証券、国際証券、蛆虫証券、うんこふんじゃった証券、見潰し証券
本社所在地 日本の旗 日本 100-6317
東京都千代田区丸の内二丁目4番1号
電話番号 03-6213-8500
設立 1948年(昭和23年)3月4日
(八千代證券株式会社)
業種 7100
事業内容 有価証券の売買等および売買等の委託の媒介等、顧客情報売却
代表者 会長兼CEO 五味康昌
取締役社長 秋草史幸
資本金 655億18百万円
(2009年3月31日現在)
売上高 連結:5,340億円
単独:2,550億円
2008年3月期)
総資産 連結:19兆1,902億円
単独:9兆9,860億円
(2008年3月期)
従業員数 単独:6,732名
(2009年3月31日現在)
決算期 3月31日
主要株主 株式会社三菱UFJフィナンシャル・グループ 100%
主要子会社 MUハンズオンキャピタル株式会社
MUSファシリティサービス株式会社
MUS情報システム株式会社
MUSビジネスサービス株式会社
関係する人物
外部リンク http://www.sc.mufg.jp/
特記事項:過去に顧客情報流出事件を起こしたアホ証券会社。

三菱UFJ証券株式会社(みつびしユーエフジェイしょうけん、英称Mitsubishi UFJ Securities Co., Ltd.)は日本の証券会社である。株式会社三菱UFJフィナンシャル・グループの子会社。

店舗数は115店[1]

キャッチフレーズは、「大切なものを、あなたと」。

歴史

国際証券のグループ入り

前身である国際証券時代は野村證券系の会社(子会社ではない)であった。バブル崩壊後、証券会社が最も苦しんだ1997年-1998年ごろ、国際証券は投資信託の販売が絶好調で、親会社より株価が高いという現象がみられた(野村證券が800円台の時代、国際証券は1100円台をつけていた)。

これをこころよく思わなかった要出典野村證券上層部と、日興證券三菱グループ離脱に伴ってグループ内の証券業部門に空白を生じていた当時の東京三菱銀行(現在の三菱東京UFJ銀行)との利害が一致し、野村證券が保有する国際証券株式を東京三菱銀行に譲渡させ、同行の子会社[2]となる。この一連の国際証券の三菱グループ入りにあたっては、国際証券内部に大きな軋轢を生じた。

三菱証券の発足

三菱東京フィナンシャルグループが発足した2001年に、「国際証券」と東京三菱銀行が金融ビッグバン時代に設立させたリテール証券の「東京三菱パーソナル証券」「東京三菱TDウォーターハウス証券」、三菱銀行の子会社として設立していた「東京三菱証券(旧:三菱ダイヤモンド証券)」、三菱信託銀行と親密であった「一成証券」の経営統合を発表。2002年10月1日に合併のうえ「三菱証券」が発足。かつての日興證券に代わりうる三菱グループの総合証券会社として誕生した。MTFGでは三菱信託銀行でしか使われていなかったスリーダイヤをシンボルマークとした。

UFJつばさ証券との合併

2005年10月、MTFGUFJが経営統合し三菱UFJフィナンシャル・グループとなるのに伴い、UFJ系のUFJつばさ証券(ユニバーサル証券・太平洋証券・東和証券・第一證券)と合併し、現在の三菱UFJ証券となる。なお、三菱UFJ信託銀行も予定通り同日に合併し発足したが、中核の三菱東京UFJ銀行についてはシステム対策に万全を尽くすのため2006年1月1日発足へ合併が延期されている。

現況

2007年9月30日に、株式交換によって三菱UFJフィナンシャル・グループの完全子会社となって上場廃止となる。 現在、同じ持ち株会社の傘下にある三菱東京UFJ銀行、三菱UFJ信託銀行との共同店舗である「MUFGプラザ(旧:MTFGプラザ)の出店を進めている。銀行の顧客基盤を活かしたアプローチにより、投資信託や国債などの販売額の伸びが顕著である。また、アジア地域の有力金融機関との提携を積極化したりと、投資銀行業務に力を注いでいる。

合併以降、旧三菱証券会長だった五味康昌が会長兼CEOを務め(当初、旧三菱証券社長は副会長となっていたが、その後退任し現在は空席)、社長は旧東海銀行出身者が歴代務めてきたが、2008年に、三菱銀行出身の秋草史幸が副社長から昇格したため、いわゆる旧社間のたすきがけが崩れている。

2009年に旧UFJつばさ証券出身のシステム担当社員が顧客情報名簿屋に売却した三菱UFJ証券顧客情報売却事件が発覚。顧客離れの懸念がなされた。

モルガン・スタンレーとの統合

2009年3月26日、モルガン・スタンレーの日本法人であるモルガン・スタンレー証券と合併することで合意したと正式に発表した[3]。この発表では、2010年3月末に、三菱UFJ60%、モルガン・スタンレー40%出資の合弁会社となる予定であった。その後、2009年11月19日の三菱UFJフィナンシャルグループの中間決算発表にて、統合計画を2社体制にの見直すことが発表された[4]

まず、三菱UFJ証券が12月上旬に三菱UFJ証券分割準備株式会社を設立し、2010年4月1日に会社分割を行い、中間持株会社三菱UFJ証券ホールディングス株式会社となり、三菱UFJ証券分割準備株式会社が(新)三菱UFJ証券株式会社となる[5]。その後、2010年5月中旬に、(新)三菱UFJ証券株式会社の事業とモルガン・スタンレー証券株式会社のインベストメントバンキング部門を統合し、三菱UFJモルガン・スタンレー証券株式会社となる(三菱UFJ60%、モルガン・スタンレー40%出資)。また、モルガン・スタンレー証券株式会社のセールス・アンド・トレーディング部門に、三菱UFJが出資し、モルガン・スタンレーMUFG証券株式会社となる(三菱UFJ49%、モルガン・スタンレー51%出資)[6]

沿革

  • 1926年(大正15)10月1日 - 株式會社加賀商店創業。
  • 1944年(昭和19) - 株式會社加賀商店が、商号を加賀證券株式會社に変更。
  • 1945年(昭和20)3月28日 - 南旺証券株式会社設立。
  • 1948年(昭和23)3月4日 - 八千代證券株式会社設立。
  • 1949年(昭和24) - 南旺証券株式会社が商号を鈴や証券株式会社に変更。
  • 1952年(昭和27) - 鈴や証券株式会社が商号を鈴一証券株式会社に変更。
  • 1953年(昭和28) - 鈴一証券株式会社が商号を一成証券株式会社に変更。
  • 1969年(昭和44) - 加賀證券株式会社が商号を菱光証券株式会社に変更。
  • 1981年(昭和56)10月 - 八千代證券株式会社が光亜証券株式会社及び野村證券投資信託販売株式会社と合併し、商号を国際証券株式会社に変更。
  • 1987年(昭和62)5月1日 - 国際証券株式会社が東京証券取引所、大阪証券取引所及び名古屋証券取引所のそれぞれの市場第二部に上場。
  • 1989年(平成元) - 国際証券株式会社が東京証券取引所、大阪証券取引所及び名古屋証券取引所のそれぞれの市場第一部に指定。
  • 1994年(平成6)10月19日 - 三菱ダイヤモンド証券株式会社設立。
  • 1996年(平成8) - 三菱ダイヤモンド証券株式会社が商号を東京三菱証券株式会社に変更。
  • 1999年(平成11)4月 - 菱光証券株式会社が大七証券株式会社と合併し、商号を東京三菱パーソナル証券株式会社に変更。
  • 1999年(平成11)7月 - 東京三菱証券株式会社が三菱信証券株式会社から営業の全部を譲り受ける。
  • 2002年(平成14)9月1日 - 国際証券株式会社が東京三菱証券株式会社、東京三菱パーソナル証券株式会社及び一成証券株式会社を合併し、商号を三菱証券株式会社に変更。
  • 2005年(平成17)10月 - UFJつばさ証券株式会社(登記上はユーエフジェイつばさ証券株式会社)を合併し、商号を三菱UFJ証券株式会社に変更。名称から「つばさ」が外れる。
  • 2007年(平成19)1月 - 2005年に常務取締役が世間に公表されていない情報を得て株を不正購入したため、金融庁から業務改善命令を受ける。
  • 2007年(平成19)4月 - 三菱UFJリサーチ&コンサルティング投資調査部を当社に移管し、景気循環研究所を設置。
  • 2007年(平成19)9月 - 三菱UFJフィナンシャル・グループの完全子会社となり、上場廃止。
  • 2010年4月 - 会社分割を行い、中間持株会社・三菱UFJ証券ホールディングス株式会社となり、子会社を(新)三菱UFJ証券株式会社とする(予定)。
  • 2010年4月 - モルガン・スタンレーの日本法人と経営統合し、三菱UFJモルガン・スタンレー証券株式会社モルガン・スタンレーMUFG証券株式会社となる(予定)。

子会社

カブドットコム証券
旧UFJ系。2006年1月1日付けで旧MTFG系のMeネット証券を吸収合併。
三菱UFJグループ関係では珍しく旧UFJ系列の会社が存続会社となった。
MUS情報システム株式会社
2006年10月30日付けで国際ビジネス・アンド・システムサービス株式会社から社名変更。

著名な研究員等(現職者・出身者)

顧客情報流出事件

詳細は 三菱UFJ証券顧客情報売却事件 を参照

2009年4月個人顧客情報が同社システム部の元部長代理(事件発覚後に懲戒解雇処分)によって、同社の顧客情報のほぼ全員分に当たる約149万人の顧客情報が不正に持ち出され、うち4万9000人分の顧客情報が3社の名簿業者に売却されていたことが発覚した。警察の任意の取り調べに対して元部長代理は他の社員のID等を利用して不正アクセスを行い顧客データサービスにアクセスして名簿業者にメールでデータ送信したと供述しており、不正アクセス行為の禁止等に関する特別措置法違反容疑で立件方針。その後の社内調査の結果、流出した顧客情報はは少なくとも96社に転売されたことが判明した[7]日本証券業協会などから証券マンとしてあるまじき行為として、規律委員会の開催を示唆した上で法人取引の制限の検討中である。2009年6月、システム部元部長代理がアクセス禁止法違反などで警視庁によって逮捕された。なお、元部長代理が不正アクセスの際に利用した同僚のIDは、本来、この同僚が他部署に異動した際に削除されているはずのものであり、同社の杜撰な管理体制が露呈した形となった。2009年6月25日金融庁は、内部管理体制が不十分であるとして、三菱UFJ証券に対して業務改善命令を出した[8]

CM

2010年現在、松たか子が出演している。

過去の出演者

脚注

関連項目

外部リンク

テンプレート:三菱UFJフィナンシャル・グループ

Wikipedia-logo.svg このページはウィキペディア日本語版のコンテンツ・三菱UFJ証券を利用して作成されています。変更履歴はこちらです。
三菱グループ
食料品 = キリンホールディングス - 三菱サイダー
パルプ・紙・繊維 = 三菱製紙 - 三菱レイヨン
建設 = ピーエス三菱
化学 = 三菱化学 - 三菱ガス化学 - 三菱樹脂 - 大日本塗料
ガラス・窯業 = 旭硝子
石油・原子力 = 新日本石油 - 三菱原子燃料
鉄鋼 = 三菱製鋼
非鉄金属 = 三菱マテリアル - 三菱電線工業 - 三菱アルミニウム
機械 = 三菱化工機 - 三菱重工業 - キャタピラージャパン - 東洋製作所
鉛筆 = 三菱鉛筆
輸送用機械 = 三菱自動車工業 - 三菱ふそうトラック・バス
電気機器 = 三菱電機
精密機器 = ニコン - 三菱プレシジョン
商社 = 三菱商事 - 菱食 - アストモスエネルギー
金融 = 三菱東京UFJ銀行 - 三菱UFJ証券 - 三菱UFJ信託銀行 - 三菱オートリース - 三菱UFJニコス - 三菱UFJリース
保険 = 東京海上日動火災保険 - 明治安田生命保険
不動産 = 三菱地所
運輸・倉庫 = 三菱倉庫 - 日本郵船 - 三菱鉱石輸送 - 三菱タクシー - MKタクシー
情報・通信 = 三菱総合研究所 - 三菱スペース・ソフトウエア - アイ・ティ・フロンティア
関連項目 = 三菱財閥 - 岩崎家 - 三菱UFJフィナンシャル・グループ - 東京海上ホールディングス - 三菱ケミカルホールディングス - 新日紘ホールディングス
備考 = ※太字は三菱金曜会(三菱グループの社長会)メンバー。